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BOOK Review――この1冊

『しょぼい喫茶店の本』 池田達也 著

2019/08/05 住まいの大学

住まいの大学編集部 文/KANAUSHA.LLC

『しょぼい喫茶店の本』 池田達也著 百万年書房刊 1400円(本体価格)+税

喫茶店は、1980年代のピーク時には15万軒あったものの、今やその半分以下の6万7千軒にまで減少している(全日本コーヒー協会調べ)。チェーン店が店舗数を伸ばしている一方で、個人経営店は苦戦しているのが現状だ。

そんな喫茶店のマスターといえば、親の店を継ぐか、脱サラした40代以上の男性が思い浮かぶ。カフェまで広げれば、お金を貯めた30代女性や主婦がこだわりメニューでもてなす、そんなイメージが一般的だろう。

2018年3月、東京・中野区の新井薬師前に大学卒業を間近に控えた一人の青年・池田達也氏が喫茶店をOPENした。その名も「しょぼい喫茶店」。カネなし、コネなし、ウデなしのないない尽くしの中、「100万円以内」の喫茶店開業を思い立つ。本書は、そんな「しょぼい喫茶店」ができるまで、そしてできてからを綴った実話である。

池田氏は、就活に失敗して、自分は普通の人生を送ることができないと死ぬことさえ考える。「普通」というのが曲者である。どんなにダイバーシティだ、働き方の多様化だと言われようが、地方在住の親、祖父母世代に通用するわけがなく、いい大学に入り、いい会社に入って、一生勤め上げるのがまだまだ「普通」、デフォルトなのである。

池田氏が就活に失敗したのには、前提がある。小中学校と活発でリーダー格だった少年が、高校生になって部活の顧問に暴言を吐かれ続け、自己嫌悪を抱え、人の顔色を見ながら生活するようになっていく。大学生になってもアルバイト先での周囲の視線や、就活で自分を演じることに疲れ果てる。

こんなことでは自分は大人になれない。レールから外れてしまったんだ。就職ができなければお金を稼ぐことはできない。どうやって生きていけばいいんだろう。

そんな彼を救ったのが、親友の何気ない一言だった。自分に期待するのをやめて、だめな自分なりにやっていこう。「自分の価値基準で幸せを決める」生きづらさを抱えていた池田氏の最初の一歩だった。

時を同じくして、店舗起業に踏み出すきっかけとなるブログと出会う。自由度の高い空間が好きだったから、何となく喫茶店を選ぶ。ブログやTwitterをこまめに更新し、そこで見ず知らずの人と縁をつなぎ、100万円の出資をしてもらう。さらに、東京で看護師をしていたものの、激務からうつ病になって鹿児島の実家に戻っていた女性・おりんさんがブログを読んで、喫茶店で働かせてほしいと上京してくる。足りない物は、amazonのほしい物リストやクラウドファンディングでフォロワーにサポートしてもらった。

そして、ついに2018年3月1日「しょぼい喫茶店」がOPEN。メニューはキーマカレーとチーズケーキとコーヒーのみ。それでもTwitterを見た人たちが訪れる。途切れることなく取材が入り、リツイートされ、シェアされ、ネットニュースに掲載され、バズった。だが、バズりすぎた反動がやってくる……。

「しょぼい喫茶店」の成功は奇跡に満ちている。でも、じつは決して奇跡でないことは本書を読めばわかる。池田氏は作戦を練り、正直に実情を吐露し、多くのフォロワーを味方につけた。喫茶店OPENにこぎ着けたのは彼の誠実さゆえだったとしか思えない。

これはある意味、現代のシンデレラストーリーである。SNSを通じて見知らぬ人同士が繋がることに不安も感じるが、その一方でSNSを活用することで、出会うことのない人たちが出会い、可能性が広がっていくのも現実だ。ブログやツイッターに記す文章には人間性が現れる。それを応援したいと思う人々が集う世の中は捨てたものではない。

最終章には飲食店の始め方や、資格許可申請の取得方法などが記されている。喫茶店やカフェを開業したいという人には参考になるかもしれない。が、本書は開業のためのハウツー本ではない。人生に迷っていた青年が一歩踏み出し、自分の幸せの形を見つける成長譚である。

開業してまだ1年ちょっとの「しょぼい喫茶店」。だが、刻々と変化を遂げている。まず、メニューは格段に増えたようだ。そして、池田氏とおりんさんは結婚して夫婦になった。「しょぼい喫茶店」には、これから何度も試練が訪れるだろう。なぜなら、まだOPENして1年ちょっとなのだから。でも、きっと池田氏は、彼らのこれからについても書き綴ってくれるだろう。続編が今から愉しみだ。


『しょぼい喫茶店の本』
池田達也著
百万年書房刊
1400円(本体価格)+税

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