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「玄」という文字に込められた深い意味

実は玄関からは簡単に家には入れない?

2019/08/23 正木晃

文/正木晃(宗教学者)

画像/123RF

玄関といえば、建物の主要な出入り口のことです。わざわざ「主要な」とつけ加える理由は、一戸建ての家の場合は大概、勝手口みたいに、裏口にあたる出入り口があるからです。その点、マンションのような集合住宅では、玄関は文字どおり唯一の出入り口になります。

もっとも、建物の主要な出入り口を「玄関」と呼ぶようになったのは、明治時代から後です。江戸時代は、式台(敷台)といって、来客を送り迎えするために設けられた部屋が、その奥にないと、玄関とは呼ばれませんでした。
 さらに時代をさかのぼると、禅宗寺院の方丈(住職が生活する建物)の入口を意味していました。また、方丈から発展して、上層武士の住居となった書院造でも、正式の出入り口が玄関と呼ばれました。

玄関の関は、「入口」を意味します。問題は「玄」です。
そもそも「玄」という漢字には、深い意味が秘められています。漢字の由来を記した白川静先生の『字統』によると、「糸の束をねじた形で、黒く染めた糸」の象形文字だそうです。さらに、糸を黒く染める際、最初は赤黄に染め、次に少しずつ紅赤の度をくわえ、最後に真っ黒に染まって、「玄」になるという過程をへることから、複雑な色相を秘めるゆえに、幽深という意味になり、ついには幽遠とか幽玄を意味することになったようです。

中国生まれの宗教で、神仙になることや不老不死を求め、今もなお根強い信仰をたもつ道教は、この「玄」という漢字をひじょうに重要視してきました。たとえば、道教の祖とされる老子の『老子道徳経』の第六章には、こう説かれています。

「谷神(こくしん)は死せず、是を玄牝(げんぴん)と謂(い)う。玄牝の門、是を天地の根(こん)と謂う。緜緜(めんめん)として存するがごとく、これを用いて尽きず。」
谷間に宿る神は決して死なない。これを玄牝(生成の根源である神秘的な牝=生殖の力)と呼ぶ。玄牝が天地を産み出す門(玉門=女性器)を万物の根源と呼ぶ。弱々しく見えるが、決して途切れない。いくら産み続けても、尽きることがない。

このように、「玄」は万物の神秘的な根源をあらわす漢字とみなされていて、エロティックな印象もあります。エロティックといえば、唐時代の皇帝で、楊貴妃とのラブロマンスで有名な玄宗は、その名が示すとおり、道教の熱烈な信仰者でした。楊貴妃自身も、玄宗の愛妃になる前は、玄宗の息子の妻だった過去を清算するために、一時的に道観(道教の寺院)に入って、女冠(女道士)になっていた経歴があります。
もっとも、戒律が厳しいので有名な禅宗には、いささかそぐわない気もします。そこで、『老子道徳経』をさらにひもとくと、第一章に「玄」について、こうも説かれています。

同、之れを玄の又玄なる衆の妙なる門
有と無は同じである。これこそ神秘の中でも最も神秘的な、ありとあらゆる真理の門である。

この説でも、「玄」が神秘的な根源を意味することに変わりはありませんが、表現はずっと無難です。しかも、「有と無が同じ」という思想は、禅宗の「空」の教えにも通じるので、禅宗と玄関の関係を説明するのによく使われてきました。

ただし、かつて禅寺への入門は容易ではありませんでした。新参の雲水(禅の修行僧)は、玄関の式台に頭を低くして、入門を乞うのですが、まず絶対といっていいくらい、許されません。「お引きとりください」と断られるのがおちでした。これが「門前払い」の語源です。それで諦めてしまうようでは、話になりません。二日でも三日でも、入門を許されるまで、玄関先に座りつづけます。そして、ようやく玄関から上がることができたのです。

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