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まちと住まいの空間

第5回 「伊豆・真鶴」のラビリンス空間①――すり鉢状の地形に成立した原風景(1/2ページ)

岡本哲志岡本哲志

2018/10/30

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「美の条例」で知られる町

真鶴の駅前には真鶴道路(国道135号線)が鉄道線路と平行して通る。その道路を渡ると、真鶴の海に向かうと思われる太い道と細い道の2本の道が西に延びる。私たちは右側の細い道に入り込む。受講生の方たちから「どうしてこの道を行くのですか?」といった野暮な質問はない。“まちの声を聴く”ために集まった人たちだから。


真鶴の地形と広域の現況


丘側から見た真鶴の景観

この小道は、地元の人たちが「せとみち(背戸道)」と呼ぶ古くからの小道である。狭く曲がりくねった小道が裏の勝手口を結ぶように町中をネットワークしていることから名付けられたという。右手の小山には戦国時代に荒井城が置かれていた。さらに進むと、真鶴の漁船が停泊する小さな湾とそれを取り囲むように形成された市街が一望できる場所に出る。

“背戸道”沿いの斜面は地元で取れる「小松石(安山岩)」を積み上げた擁壁が続き、風情を醸し出す。真鶴は漁業と石材業、そして観光業が主な産業である。


まちの風景を演出する背戸道と小松石の擁壁

“背戸道”は少しずつ標高を下げて、木々の間から見え隠れする真鶴市街の風景も変化する。市街を遠巻きに歩いてきた“背戸道”は、T字路に突き当たり、交差する道の脇に祠が置かれていた。右は上り坂、左は下り坂。上り坂を行くと、真鶴半島を横断するかたちで隣の浜・福浦に至る。真鶴を2回続けたあと、7回に登場してもらう漁村集落である。峠越えをする細い道は鉄道が敷かれる以前、船で行き来する以外に浜と浜を結ぶ重要な交通路だった。今回は、下り坂を選び、真鶴市街に深く入り込むことにする。

真鶴市街から、新しい道路を消してみると…


大正期の真鶴

T字路から“背戸道”をさらに下り、自動車がすれ違える広い道路に出る。この道路に沿って、港に近い市街へ下りる幾つもの階段がある。
「真鶴は古くから階段が多い町だったのでしょうか?」
とまち歩きに同行した受講生の方々に訪ねてみる。
「?」
回答がない。
「自動車がなかった時代、皆さんが今立っている道は必要だったのでしょうか?」
と次の質問を投げかける。現在の位置を確認して、配布した地図に全員が見入る。
受講生の一人が「駅前から市街、港を抜け、貴船神社の脇を通る道路は新しいように思えます」と。
「そうです。大正のころの絵葉書をみてみましょう」。


絵葉書を見ながら、現在の風景と見比べる。
「○○さんが言った道路は砂浜と海の際を通っているように見える」
「貴船神社の方へ行く道路は海の中だ」と受講生が感想をそれぞれ述べる。
「山側に“背戸道”があるし、馬蹄形をした2本の道路のうち1本はいらないのではないか?」と別の受講生。
「海に近い方の馬蹄形の道以外、自動車が通れる道路は全て新しいと考えてよいです。ただし、ほんの一部ですが、“背戸道”がベースとなって拡幅している道路もあります」
「一部とはどこですか?」と受講生から質問される。
「皆さんが今立っている場所から、南へ30メートル行って再び“背戸道”にぶつかるまでの間です」と答える。
「どうして、海に近い方の馬蹄形の道が古くからあると言えるのですか?」と受講生から質問が飛ぶ。
「よい質問ですね。その道も消してみましょう。何かわかりましたか?」と皆さんを見渡す。
「どこへも出られない孤立した路地が沢山出来てしまう!」と受講生の何人かがいぶかる。
「そうです。この道から路地が入り込んでいます。さらに、津島神社と愛宕神社を結んでいるだけでなく、貴船神社、自泉院や日和山に通じる古く細い道、“背戸道”とも結ばれています」と話す。
「階段がなくなると、路地は袋小路になってしまう!」と受講生の一人がみんなに語りかける。

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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