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まちと住まいの空間

第8回 新潟県佐渡市――船大工がつくりあげた港町・宿根木(1/3ページ)

岡本哲志岡本哲志

2019/01/18

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宿根木(新潟県佐渡市)は、日本海に浮かぶ金山の島・佐渡の南西に位置し、小木半島先端の小さな入江の奥に成立してきた。直江津からフェリーに乗ると1時間ほどで小木港に着き、そこからバスで15分ほど揺られると着く。

すり鉢状の谷地には、100棟以上もの総二階建ての主屋や蔵、付属屋が隙間を無くすかのように建て込む(図版1)。港町としての宿根木の歴史は古く、13世紀中頃には史料にその名が登場する。中世の宿根木は、小木半島の要港として台頭した。近世に入ると、河村瑞賢が寛文12(1672)年に西廻り航路を開拓する。その時は小木が幕府の公的な寄港地となり、宿根木は地元船の基地にとどまる。宝暦年間(1751〜64年)ころになると、佐渡産品の島外移出が解禁され、再び頭角をあらわす。港がおおいに賑わい、遠く松前から下関まで宿根木の廻船が行き交った。谷間に閉ざされたように成立する集落は、開かれた外界の世界と結びつき、繁栄し続けた。

平成3(1991)年、宿根木は重要伝統的建造物群保存地区に選定された。雨ざらしの家、空き家を復元公開し、入江側の鉄筋コンクリートの建物を木造に建て替え、集落全体の景観が整えられる。宿根木が新たな歴史を刻みはじめた。


写真1 狭い通りと密集する建物(写真撮影:石渡雄士)

不思議な町並みとの出合い

集落内の細い道に入り込む。目にする光景は、日本の都市空間とは異質の不思議さである。河川や地形にあわせて割られた不整形な敷地いっぱいに、建物の外壁がせり出す(写真1)。道に面して、塀や庭がなく、まるで強い雨風を集団で守るかのように。厳しい環境に置かれた港町の特異な環境を徹底して表現しているかに思える。密集したそれぞれの建物の外壁は、どれもが竪板を張っただけの簡素な印象を受け、常に水に接する船の船体に共通するものが何かあるように感じる(写真2)。舟大工が活躍した港町だからこその風景といえる。


写真2 竪板張りの蔵(写真撮影:石渡雄士)

総二階の屋根から庇(ひさし)はほとんど出ていない。そのためか、石畳の細い道には、思いのほか空が広がり、解放された空は道幅の狭い外部空間を明るくさせる。両側を開口部の少ない壁面だらけの住宅がびっしりと囲う道の環境は集落全体に及ぶ。

外部空間の輪郭をはっきりとさせた道。そのあり方は、早い時期に石の文化によって描きだしたヴェネツィアの路地空間を体験するような気持ちにさせる。さしずめ、宿根木は石の文化に移行せず、木の文化を辿りながら、石の文化と類似する表現をしているかのようだ。それには、厳しい自然環境と対峙(たいじ)する舟大工の技がぶつかり合い、港町として最高の立地環境へと磨き上げたといえよう。

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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